2025/08/22 12:23
「何型ですか?」
「最新型です!」
無論、血液型の話なのだが、誰も求めていない回答をして場がシラける。
血液型を訊かれた時に、必ずと言っていいほど候補に挙がるAB型。
そう思われる理由のひとつに「変わっている」というのがあるそうだ。
血液型だけで性格を決めることは、この世にたった4種類の人間しかいないことになりそうだったり、「●型」と宣言した瞬間からその型にはめられ、先入観を持たれそうであまり好きではない。
といいつつ、血液型あるあるを見るのは結構好きだったりする。
私の人生の「変わっているエピソード」はきっと、映画1本では伝えきれない。
マンガでいうと、こち亀やワンピースくらい続いてしまいそうだ。(人気シリーズになるとは言っていない)
変わり者エピソード ~学校編~
一番古い記憶が、保育園の頃。
入園してすぐ、登園拒否になった。お昼寝の時間が苦痛で、大好きな祖父母の努力も虚しく、登園再開はなかった。(その後、幼稚園へ)
小6の春、地元の中学ではなく、中高一貫校に行きたいと言い出す。しかもその理由が「あの可愛い制服が着たいから」なのだから、両親も相当たまげただろう。
受験のため、入塾テストを受けに行った。
将来の夢を書く欄に、何のためらいもなく堂々と国際結婚と書いて先生に鼻で笑われ「この成績では難しいですね」と、入塾も断られた。
別の塾には入ることができ、無事に合格。
憧れの制服に身を包み、オレンジ色の自転車に乗ってルンルンで通学した。
でも、私を含め、まだみんなこの時は知らなかった。中3の秋、「別の高校を受験したい」と言い出すことを。理由はもちろん「あの可愛い制服が着たいから」だ。
そして高3の春、今度は海外に行きたいと言い出す。
もう、両親は驚かなかった。
変わってるって、何?
私は、どんな人も変わっていると思っている。
誰かを「変わっている」と感じるのは、自分基準の、もしくは世間一般の「普通」という物差しに当てはめ、そこから外れていると感じるからだ。その人にとっては、別段変わっていることではない。
例えば、生のトマトが苦手で食べられないことが「普通」の私にとっては、美味しそうに食べる人は「変わっている」のである。
ご紹介したエピソードも「え、どこか変わってる?全然普通」と思われるかもしれないし、「わがまま」と言われてしまえばそれまでだ。
以前は「変わってるよね」と言われると、周りと同じであるべき、いわゆる「普通」というのが正しく当たり前で、どこかネガティブな印象があって傷付いていた時期もあった。
でも、今は違う。
変わっていることが良いとか悪いとか、普通が良いとか悪いとか、どっちの方がカッコいいとか悪いとか、そんなものはないと思っている。
変わっている=変でもなければ、普通の基準も明確ではない。
個性を受け入れるということ
性格の違いは 個性 だ。
個性に優劣などないのだから、誰かと比べて落ち込んだり、逆に偉ぶったりせず、そのままを受け入れられればいいのかなと思う。
そして私はこれからも、変わり者で居続ける。
おまけ
ここに来て「結局、あなたは何型なの?」と、もしかしたら気になっている方もいるかもしれないのでお伝えしますね。
私は・・・・・最新型ですよ!
本日も最後までお読みいただき、ありがとうございます。