2025/04/18 14:31
伝統的で重厚な工芸品、扱いが難しそう、特別な日に使うもの ―
そんなイメージをお持ちの方も多いのではないでしょうか。
香川県で長年にわたり漆器製造を手がけてきた「川口屋漆器店」では、その伝統的なイメージを大切にしつつ、現代の暮らしに自然に溶け込む漆器を提案しています。
香川漆器の知られざる魅力と、多彩な技法
かつてバブルの時代には、日本でも有数の漆器生産量を誇った香川県。
香川漆器は、輪島塗のような蒔絵や沈金の技術はもちろん、「象谷塗」や「後藤塗」、「蒟醤」、「存清」、「彫漆」といった独自の5つの技法を有しています。
特に、象谷塗や後藤塗は日常使いに適した技法であり、香川漆器の根強い魅力となっています。しかし、その多様さゆえに「香川漆器といえばこれ」といった分かりやすい認知は高くなく、ブランドとしての発信が少なかったのが課題でもありました。
「87.5」の誕生と、ブランドとしての歩み
川口屋漆器店は昭和21年創業。
現在、三代目として店を継ぐ佐々木さんは、大学卒業後の2000年に地元香川へ戻ってこられました。
当時はバブル崩壊後の不景気の真っただ中。
「このままでは家業を継いでも生活が成り立たない」と危機感を覚えた佐々木さんは、漆器の新たな可能性を模索し始めます。
それまでの主な購買層は60代以上の方々が中心でしたが、より若い世代や同世代にも親しまれる漆器を届けたいとの思いから、伝統的な技法を守りつつも、ポップで現代的なカラーリングやデザインを取り入れた製品を展開。
2015年には、香川発のローカルブランドとして「87.5(ハチジュウナナテンゴ)」を立ち上げます。
もともとは職人さんの休憩スペースを改装したセレクトショップの名前でしたが、その名前がが好評だったことから、漆器ブランド名としても使用されるようになりました。
デザインと色選びへのこだわり
製品デザインは佐々木さんご自身と妹さんが手がけています。
色を選ぶ際には、「自分自身が“かわいい”“かっこいい”と感じられるかどうか」をひとつの基準にしているとのこと。
色漆は漆屋さんと相談をしながら調合を依頼、製品によっては工房内で独自のブレンドを行うこともあります。
また、漆の色味は湿度や気温の影響を受けやすく、乾燥のスピードによって発色が微妙に変わるという繊細な一面もあります。
漆そのものは飴色をしており、一般的に知られる黒や赤といった色は顔料を加えて作られています。香川県や石川県山中では昔から、こま塗のように多色使いの漆器づくりも行われており、香川漆器における色の多様性はその頃からの伝統のひとつです。
現代の暮らしに馴染む漆器を目指して
かつての漆器製品は、重箱やお盆、茶たく、お椀といった伝統的なものが主流でした。しかし、「87.5」では、カトラリーやボウルなど、より現代の食卓に馴染みやすい製品開発にも注力しています。
「漆器に触れたことのない方にも、気負わず手に取っていただきたい」
そんな想いから生まれた製品たちは、日常の中に自然と溶け込む存在として、多くの支持を集めています。
漆器づくりの工程と、素材へのこだわり
ひとつの漆器が完成するまでには、最低でも3カ月の時間がかかります。
木地の製作に約半月から1カ月、塗りの工程は30以上におよび、さらに1~2カ月を要します。
木地に使われる素材にもこだわりがあり、ケヤキ、クリ、マツなどは木目を活かした作品に、トチやカツラといった柔らかな木材は、塗りを重視した製品に適しています。また、どうしても適した木が手に入らない場合には、漆におがくず等を混ぜて木目を埋め、その上から塗装・研磨を行うことで理想的な仕上がりを目指します。
伝えることの難しさ、そして喜び
「漆器は陶器に比べて軽く、割れにくく、長く使える道具です。けれど今の暮らしの中では、食洗機に対応しないという点が大きなハードルになっているのも事実です。」
木は急激な温度変化に弱く、塗装が割れたり、木地が変形してしまう恐れがあります。漆器を選ぶという行為は、ある種の「手間をかける選択」なのです。
それでもなお、「手間をかけても使いたい」「持ちたい」と思っていただける付加価値を、どうすれば感じてもらえるのか。その工夫こそが、今の時代における漆器の課題であり、可能性でもあります。
そんな中で、お客さまが自分がデザインしたもの、新しく作った商品を「めっちゃいい!」と言って褒めてくれたり購入してくださることが、何よりの喜びだと佐々木さんは話します。
香川漆器の未来に向けて
現在、佐々木さんは全国を巡りながら、製品のデザインや販路展開、イベント出店などを手掛けています。
セレクトショップに置く商品の選定や買い付けも行い、職人さんと販売を繋ぐ大切な役割を担っています。
お気に入りの技法は、香川ならではの「象谷塗」だそうです。
都会では「こま塗」の素朴であたたかみのある民芸的な表情が新鮮に映り、若い世代からの支持も広がっているといいます。
おわりに
佐々木さんの言葉には、漆器と共に歩んできた日々と、ものづくりに対する真摯な姿勢がにじみ出ています。
川口屋漆器店は、伝統を守りながら現代の暮らしに寄り添った漆器を提案し続け、今後も時代に合った新しい価値を提供していくことでしょう。
その未来には、さらなる期待が寄せられています。
佐々木さんはとても気さくで親しみやすい方であり、漆器に関する深い知識を持ちながらも、誰にでもわかりやすく丁寧にご提案してくださいます。
話を聞いていると、漆器への情熱がひしひしと伝わり、その魅力に引き込まれること間違いなしです。ぜひ一度お話をお聞きになってみてください。
本日も最後までお読みいただき、ありがとうございます!